2021年12月31日金曜日

父の趣味がカメラだったのか改めて考えてみた

ふとタイトルの事を考えたくなったのでまとめてみた。

結論から言うと趣味ではなかったと思う。
ただ残してたラインナップから趣味にしようとした事、特別な物だった事が伺える。


今でこそガラケー、スマートフォンなとで簡単に写真撮影できるが、父が若かった頃に気軽に写真撮影する環境が無かったのと、何か記憶に残そうとした際にビデオカメラや写真に残す事は強く意識していたように思える。

なので残すならコレだろってノリで買ってたんだろう。

自分も学生の頃に130-200万画素とはいえ、ガラケーで写真撮影できなかったらこんなに写真を撮っていなかったと思う。動画の素材やテクスチャなんかには使ってたけど。


少し脱線したが父が生前所持していたカメラは以下の通り。
  • DFレンズ3本、外部フラッシュ、本体(AE-1)
  • キヤノンのカメラ(フィルム)
  • オリンパス CAMEDIA C-3030ZOOM
  • キヤノンのデジカメ
それぞれどういう時期に手に入れてどういう使い方をしていたか伝えていく。


まず最初にAE-1。傑作機だったぽい。わからんけど。
DFレンズは1980年代なので独身の頃に集めたのだろう。
私が物心つく頃には既に触らなくなっていたので使っていた記憶はない。
今の知識ならわかるが、28mmの広角、ポートレート用の50mm、望遠の210mmと一通り取れる構成で使っていた模様。
手前から50mm、28mm。

これはDFマウントからEFに変換してSONYのEマウントに変換した望遠。
もちろんレンズ側に接点とかは無いのでオートフォーカスなんかは使えない。

この頃の写真は車しか確認できていないので、他に何を撮っていたのかは正直わからない。
景気が良かったから一通り揃えたようにも見える。ちなみに母と会った際には特に記念みたいなものは除き、写真は撮ってなかったらしい。


2つの目のカメラはキヤノンのフィルムカメラで90年台に使っていた物になる。自分が小中学生の時に稀に借りたりしていた。
フィルムは現像にお金がかかって気軽に撮影出来ない物だったけど、一枚一枚ちゃんと「撮るよ!」って友達なんかに声をかけて使ってた気がする。
因みに親はイベント時にしか使ってなかったので、やっぱり普段使いはしていなかった。


3つ目からはデジカメ。
オリンパス CAMEDIA C-3030ZOOMになる。
ここから気軽に撮れるようになったし、学生時代の最後の1年借りてたので自分も思い入れがある。
気軽に撮れるといってもCFで64MBだったのと300万画素で81枚程度なので調子に乗って撮影していると直ぐに容量がいっぱいになってしまう物だった。それでも気軽にシャッターを押せるようになったのし、親が買ってきた時は玩具のようにシャッターを押していた。

ただ良いことばかりでもなく、親がPCに慣れていなかったりして、卒業式の写真を全部消してしまったりしていたので、その辺りで少しケンカしたりしたのが強く記憶に残っている。
以降親が参加する私絡みのイベントは特に発生しなくなったことから再び使われるようになるまで6年程かかった。
この辺りの話は別の機会にまとめたい。


最後のカメラは2012年頃に購入したカメラになる。
キヤノンのコンデジだった気がする。800万から1000万画素位の。
従兄弟の結婚式が有るから購入したのだという。ただ結婚式以降使っている所も見たことがない。本人も最後はどこにやったか忘れた位だった。


以上が父が使っていたカメラになる。
死ぬまでにカメラを4台使っていた訳だが写真といえばやはりカメラで撮る物だったんだろう。イベントの記録を残すのならカメラで撮った写真だったんだろう。

父も母も自分からも聞かれても自分の事を話さなかったタイプなので推測するしかないが自分の中ではこういう事にしておこう。



最後に少し私の話をさせてもらう。

試しに一眼レフ(EOS X10)を購入してみてハマったクチだ。
元々フラフラして行く先々の物を記録するのが好きだったし、自分が綺麗だと感じた物を残したい傾向が強かったので一眼レフは始めてみて良かった。
特に遠くの物はスマホのデジタルズームと異なりちゃんと鮮明に撮れる事、シャッタースピードとF値によって撮れ方が変わる事が楽しい。
野鳥などの生き物の瞬間瞬間が捉えられる事には感動した。

私の方は日常的にカメラを使っていくことになりそうである。


生前父と話したカメラの話は生前写真を消した時くらいの話だったが、今ならどういう風に一眼レフを使っていたのか聞いてみたかった。

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